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思い出と悲しみと。 @きぃ

ゆうに言われるまで気付かなかったけど、今日はばあちゃんの1周忌らしい…。教えてもらった瞬間、なんだかやるせない想いがまたこみ上げてきた。


オレは一番ばあちゃんの傍にいて一番可愛くしてもらってた。小学生になってもばあちゃんの膝の上が特等席で、「ばあちゃんが重いでしょ~」ってよく母に怒られた。でもばあちゃんはばあちゃんで「重くないから」って言ってまたオレを膝の上に乗っけてくれて。下から見るばあちゃんの顔が好きだった。
 
大きくなって部活とかバイトとかするようになると、昔みたいにばあちゃんの家に行く機会が少なくなっていった。オレは母には内緒で隠れて遊びに行ってたけど…あとで聞いてみたらバレてたらしい。ま、そんなもんだろうね。
 
最後に会ったのは…お正月。
久しぶりに会ったばあちゃんは明らかに顔色が悪く、痩せてた。じいちゃんが心筋梗塞で倒れてからずっと看病してたからだと思う。不安だった。話し口調も歩く動作もいつもと変わらなかったけど、危険信号はずっと鳴ってた。その不安はずっとだった。だからオレはばあちゃんの家から帰るとき、母に言ったんだ。
 
「ばあちゃんすごいやせてるけど大丈夫だよね?」と。
母は言った。
「え?そう?いつもと同じに見えるけど・・・」
 
たしかに久しぶりだからというのはあった。1年に1回会うか会わないかくらいの頻度。気にしすぎってのも考えられた。だからオレは母に軽くしか言わなかった。言わなかったんだ。
 
でもそれは。
あまりにもそれは・・・・・・・突然だった。
ゆうと。ゆうの友達と。オレと。
3人で家で遊んでるときに母から“危篤”のメールが来た。
 
・・・その日、ワケが分からなくて涙は出なかった。
 
 
実家にはゆうと一緒に帰った。
ばあちゃんにゆうを会わせたかった。だからお葬式にもゆうを参列してもらった。
棺に入ってるばあちゃんは正月で会った頃よりもさらに痩せてて、もうオレが知ってるばあちゃんには見えなかった。最期を看取った母と兄は、口の中に綿を詰め込んでるから顔がふっくらしてると言ってた。どうやら最期はもっともっと痩せてたらしい。
 
ばあちゃんがオレの思い出の頃よりも痩せてたのはせめてもの救いだったとオレは今でも思う。
オレはばあちゃんが死んだことを心の中では否定している。棺の中に居たのはばあちゃんであり、ばあちゃんでないと。まだどこかで生きてると、そう思ってる。そうしないと立ち直れない。
でも今日は1年に1回だけ、否定してたものを認めなきゃいけない日。ゆうには迷惑かけるだろうけど…今日だけは素直になろうと思う。お花と和菓子を用意してくれたゆうと一緒に。手を合わせたいと思います。