昨日の日記で綴った思いについて、昨日の夜と今日の午前中、きぃさんと話し合った。
昨日の夜は、どういう気持ちを抱えきれないでいるのかをきぃさんに話す事から始まった。
話し合いの場は、身体を横たえられる布団の上。私は気持ちが既に疲れていた。
きぃさんと身体を横にして向き合い、互いの距離をわずか数センチにする。
この距離は、きぃさんに「ちゃんと話を聞くよ、ゆうのことを見てるよ」という姿勢を示してもらう距離。そして私が「ちゃんと自分の話を聞いてもらえてる、私のことを見てもらえてる」という安心感を得るための距離。
この安心感と信頼感が無いと話し始められない。
私たちはこれまでに幾度となく話し合いを繰り返してきた。
どうすればお互いが納得のいく話し合いを最後までできるのか、難しかった。
そしてこの安心感を得ることと、信頼感を持たせることは私たちの話し合いにおいて必要不可欠だと感じた。
このやり方が完成形ではないけれど、今のところはこれがBetterだと思ってる。
お互いの顔しか見えない距離の中、私は止まることなく抱えてた思いを吐き出していった。
喋り始めてすぐに瞼が濡れ、視界の中のきぃさんが何度も歪んだ。
こういう時に涙が流れて止まらないのは私の体のクセだ。
きぃさんもそれは分かっている。
だから泣きながら話し続ける私の言葉を、きぃさんはただ黙って聞きながら涙を拭い続けてくれた。
そうして気持ちを一通り吐き出しきると、次に私は話の整理を始めるクセがある。
泣き言から自問自答のような話になるのだ。それでも泣き続けるんだけれども。
ここでもきぃさんは聞き役。だけど私が整理につまづくと助け舟を出してくれるようになる。
そうこうして整理を続けていくと、私の中には「どうしたらこの羨む気持ちが無くなるのか」という1つの疑問が浮かんだ。
私は他人を羨んでいるばかりの自分を自分としたくなかった。
だけどきぃさんはその疑問を解決する前に、「まずゆうが本当に嫌なのは何か、本当はどうしたいのかを探った方がいいんじゃない?(・・」と提案した。
それからが、対話の始まりだった。
本当に嫌な事は何なのか、本当はどうしたいのか。
その問いについては「バイトをしたくない。しなきゃいけないこの状況をなくしたい」というのが答えだ。
でもそれはできないこと。
分かってるから涙が出る。
気持ちの整理はそれからも横道に逸れたり繰り返しになったりしながら続いた。
「しなきゃいけないバイトはしたくない」
「もっと遊びたい。学生生活を楽しみたい」
やりたくないこと、したくないことはこの2つだ。
こうして整理は終わった。
しかしここで私の思考回路は限界を訴えた。
これ以上はちゃんと考えられない。泣き疲れて、もう眠たい。
きぃさんも今夜はこれで寝た方がいいと判断したみたい。寝る準備にかかった。
だけど私はいつまでも睡魔に気を許せない。何だか気が張り詰めている。
思考回路を落とすには何かが必要だった。
そこで初めてきぃさんはK谷のお土産、スノーマンを取り出した。
初めて我が家にやってきたスノーマンを見て、私の意識は自分の気持ちから外のモノに向けられた。
スノーマンが横たわる私の目の前(枕の上)を歩いて行く。
ネジをゆっくり巻き戻しながら進んでいく様を、じ~っと見つめる。
きぃさんは時々スノーマンを私に向けて歩かせ、わざとぶつけてきた。
その小さな衝突が何だかおかしくって、私は自然に笑ってた。
そうこうしている内に緊張がほどけていったのか、腕枕に頭を預け、体の全部をきぃさんの内側へもぐりこませたら数秒と経たずに眠りに落ちた。
あったたかった。